朝、コーネリアが、激セマ花壇で きれいに咲いていました。
樹木希林さんが亡くなられて、お話ししてるところの映像を見ていました。
内田裕也さんの話をしているところで、裕也さんの中にも とてもきれいなものがあった、きれいな鏡のようなものがあった、その鏡に醜いものが映っていた、それは自分だった。 だいぶ違うかもしれないけれど、そのようなことをお話されていて、とてもしょうげきで、何度も何度も思い出しては感動のような熱い気持ちになりました。
あとは、中毒、という言葉を、離婚しようとしていた夫に対して使っていたのもとても印象深かったです。
無関心になれないことは気になってしまっていることにもなり、興味があるという事なのかな?と思えました。キライという感情であっても、それは無関心・気にもならないことに比べると、とても強く相手を気にしている感情であるのだなぁと思いました。
樹木希林さん、とても素敵な方でした。
