2020年09月07日

たわごと






(9/2に書き始めたやつです。)





昨日も一日、日隅くんのことを考えて過ごした。






そうしたら、多分、日隅くんと思われるヒトを発見することができた。

曲は「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」
左から、破廉ケンチ、謎の人、リンコ、一番右にキヨシロー。

楽器は左から、ケンチがタンバリンと自転車のベル。
謎の人がボンゴ
右のリンコがウォッシュボードとプラスチックぽいパンフルート。

リンコのでっかいウッドベースを挟んで一番右の端っこにぽつんとキヨシロー。

キヨシローは、ギターと口笛。この口笛の音がとっても素晴らしい。


(BABYMETAL DEATHさんのYouTube動画。敢えてここにはリンク貼りません。「初期のRCサクセション3」)




その動画に出てくる、3人並んだパーカッションの真ん中の人こそが、日隅くんなのだ。たぶん。

その人は背中を少し丸めて下を向いていた。
分厚い長めの髪が、顔にまで被さっているような感じで、あまり顔が見えない。
唇は厚めで少し歯が出ていて、恥ずかしげに下を向いていた。



日隅くんは心配なのか始まる前からボンゴの動作を確認している。

そして演奏が始まると、緊張か照れかでニヤけちゃってるのか?よくわからないけどお客さんから笑いが起こっちゃう。日隅くんも笑っちゃう。メンバーは笑わない。ここはきっと、メンバーは笑ってはイケナイところだ。大まじめにやってるからこそ、良い歌詞、良い歌でもくすっと笑える、っていうのがいいはず??

曲も終わりに近づいてきて安心してきたのか?いや、音が気になったのかな? キヨシローが心配そうに日隅くんらを見る。そしたら口笛吹いてるところだったけど吹き出しちゃう。
笑える!! めっちゃ面白い!! お宝動画だ! きらきらと感激。^_^

でも、今日のボンゴ、今日の日隅くんはどういう評価を受けるか私はわからない……。







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(これは、病院のベッドに横たわるTHE TIMERSのジャケット。)







初期の方のRCの歌詞の中で
自転車を漕いでくれてた日隅くん。
私はその歌がすごく好き。笑えるしそれなりの愛感じる。
あれがあるから、「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」が生きてくるように思う。




キヨシローの親友ではないのだろうけれど、友達だ。友だち。



中学〜高校の同級生だった日隅くんは、メンバーには入れてもらえなかったけれど、ボンゴも叩いたことあるし、あとは運転手とかボーヤみたいなことをしていたらしい。そうだとしたなら、それが本当なら、すごく一緒にいたかったんだろうというのは容易に想像できた。


それから、みんなが引っ越したりもあったのかな?どのくらい後のことかわからないけれど、明らかに様子がおかしくなってきて、心配したキヨシローが、その時に書いた歌。

「君はそのうち死ぬだろう」
(収録されているのはthe TEARS OF a CLOWN1986.10.22)

歌詞は大まかに言うとこんなイメージ。
このままいけば死ぬだろう、だからなんとかしておくれ、こんなふうに、あんなふうに死んじゃうだろう。しばらく誰もが泣くだろう。僕らも泣きマネしてあげる。……

ふざけた歌だけど、こんなふうに言われてヤだろ、だったらこんな風になるなよってことだと私は思った。




でも、その後ほんとに死んじゃった。




それは1977年のことだったという記述も見た。あの詩を書いた同じ年だった、とか、電車にというのも…。 間違えた記述も多いだろうし正確なところはわからない。どこまで本当かはわからない。



でも自分はそれ聞いたら、ワーワー、ワーワー、泣けてしまった。本当に「勝手に」、日隅くんとキヨシロー、二人の気持ちを、「自分勝手に」想像して、自分勝手に泣いた。







一方で、もう一人、キヨシローにとって大事な人が亡くなっている。
それはRCのサブマネージャーだったオオシロくんという子で、キヨシロー…RCの理解者だった。あだ名はヒッピー。突然に亡くなってしまったそうだ。

このサブマネージャー、ヒッピーは、1970年代前半、完成したアルバムが大人の事情で出せなかった、RCサクセションの暗黒時代を支えてくれた人らしい。

清志郎が書いた「とても頭がいい子でよくわかってくれていた理解者だった。ポックリ病だった。」という文も読んだ。
お気に入りのサブマネだったんだろう。若そうな気がするが何歳かわからない。でもとても頼りにしていたのだろう。頭がいいということは、頭の回転が早く、一緒に居たり、一緒に話していて、とても楽しかったろう。大好きだったのだろうと思う。虚無感に襲われるだろう。

3rdアルバムに「ヒッピーに捧ぐ」っていう曲がある。(シングル・マン1976.4.21)
だから、それ以前の出来事だったのだろう。


とても有名な曲。
すごくかなしみが伝わってくる、大好きで、よく知っている歌だった。





この前私が最初に見たのは、これが日隅君への歌かもって、間違えて書いてある文章だった。

死ぬだろう、の歌で終わっていると思っていたから、それを聞いた時は自分の心が浄化されるような嬉しさがあったし、状況を勝手に想像してしまって、嗚咽して泣いた。

そしたら、すぐに、これはヒッピーというあだ名のサブマネージャーへの曲だと、あっちでも、こっちでも書いてあるのを見た。清志郎のコメント、ということでも載っていた。

そうして、「まぼろし」という曲があり、それが日隅くんへの歌だと、これも、あっちでもこっちでも言われてて、清志郎本人の記述でもそう書いてあった。






「ヒッピーに捧ぐ」(シングル・マン1976.4.21)
作詞 忌野清志郎



お別れは

突然やってきて



すぐに済んでしまった



いつものような

なにげない朝は

知らん顔してぼくを起こした




電車は動き出した

豚どもを乗せて

ぼくを乗せて




次の駅で

ぼくは降りてしまった



三十分泣いた




涙をふいて

電車に乗りこんだ

遅刻してホールについた



ぼくらは歌い出した

君に聞こえるように

声を張り上げて




空を引き裂いて

君がやって来て

ぼくらを救ってくれると言った




検屍官と市役所は

君が



死んだなんていうのさ



明日(あした) また 楽屋で会おう

新しいギターを見せてあげる









まぼろし 作詞 忌野清志郎(BLUE1981.11.21)




ぼくの理解者は 行ってしまった
もう ずいぶんまえの 忘れそうな事さ

あとは だれも わかってはくれない
ずいぶん ずいぶん ずいぶん長い間
ひとりにされています


だれか友達を あたえて下さい
何度も 裏切られたり 失望させられたままのぼくに

そしたら ぼくの 部屋にいっしょに連れて帰る

幾晩も 幾晩も 幾晩もの間
枕を濡らしました


ぼくの心は 傷つきやすいのさ
ぼくは 裸足で 歩いて部屋に戻る
だから 早く 近くに来て下さい

いつだって いつだって 昼も夜もわからず
まぼろしに追われています







80年代の最も人気があった頃、1番カッコイイ顔…自信に満ち溢れてちょっと尖った感じにも見える時代のキヨシローが、実は私はそんなに好きじゃない。
でもその頃に「君はそのうち死ぬだろう」を歌ってる動画をYouTubeにあげてくれてる人がいて、見ることができた。

真顔で歌ってて、最後ちゃんと嘘泣きしてた。こういう気持ちで書いたんだろうな、って勝手に思えた。あんなことになるとは全く思わず。
そして観ていて、ちゃんと歌ってあげてると思った。日隅くんの為に歌ってあげてると思った。もし自分が日隅くんだったら思い出して歌ってくれる方が嬉しいだろうと思うから。


キヨシローは、これを封印して歌わないという選択もある。死にそうだけど死ぬなよという気持ちがあるから書いた歌に決まってるのに、きっと批判する人はいる。


私は、親友じゃなかったろうけど、大事な友達だった日隅くんのこと、忘れない……。








追記(9/6)

今、私は、清志郎の「十年ゴム消し」を読んでいます。
これは、多分、1974年5月〜7月の、日記のような、詩のようなもの。

この中に、嬉しそうに、明後日(1974年6月10日月曜日)彼女と北海道旅行に行く記述がある。
あんなに嬉しそうだったのに、旅行中の5日間を楽しめていないようだ。そして、6月中はずっと体が不調っぽい。
二人がハダカの時に、突然リンコが、二人が心中していないか心配して来た話もあった。(笑い話なのだけど。)
聖書を抜粋して書き残してもいる。

この6月の間に、何かがあったのだろうと思ってしまった。
全て全部、勝手な思い込みの可能性は高いけれど。

7月には元気が戻ってきたように見える。
彼女の存在によって、安心して生活できているような記述を見るととてもホッとする。

それから、7/10のところに、

「昼間、日隅と こおりあずきを食べた。」

っていう一文を見つけて嬉しかった。と同時に、疑惑が溶けた。

やっぱり、ヒッピーに捧ぐ はヒッピーに書いたんだ。日隅くんはその時は生きてたんだ。

まぼろし は、私はヒッピーに書いた曲なんじゃないかと思っていた。でもそこはどうでも良くなってきていた。


わかる人にはわかる。わからない人にはわからない。
でもわからない人に限ってわかると思い込んでいたり、わからない人は感じていたりするから、どっちでもいいことだったりする。


私は勝手な思い込みで、色々考えて、泣いたり、検索したり、聴いたり、読んだりして、このところの数日間はとても愉しかった。



ばかみたいな私の、ばかみたいな……長文!

読ませちゃってゴメン! ^_^;







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十年ゴム消し、私はとっても面白かった。大事な本になった。
また何度も読みたい。




(9/13日曜日7:49)
瀕死の助六問屋 / 忌野清志郎(2000年9月に光進社より刊行)
を読んでいて、気になったところを下に、抜粋しました。

こことは違う事柄について書かれたところからの抜粋だから、意味が変わってしまうかもしれないけれど、私はここに書いたことを思い出してしまったので、ここに付け加えます。




「一曲の中にいろんな思いがあるって言うのはいちいち聴く人には伝わらないことだと思うよ。その曲は聴いた人のものさ。それでいいじゃないか。」

「誰も俺の歌や言葉で傷つかないで欲しい。」







posted by nori at 21:46 | その他